昨日の自分より進めるように

人って何故か、他の人と比べて卑下する習性が身についているように感じる。私から見たらそこじゃないよなといつも感じる。昨日の自分とかもっと前の自分を比べるべきじゃないかなと感じる。そうじゃないとしたら今の自分を変えるために、考えるなりしてやるべきだと思う。

失敗は確かにするかもしれないけど、裏を返せば成功なのだから一つ勉強できたと思って次に生かせればいいのかなと感じる。いろんな価値観があるのかもしれないけれど、私はそこだけ出来ていれば良いのかなと思う。加えるとするなら、1日24時間の使い方なのかなと感じる。

この2つを私なりではあるけれど、創意工夫している。うまくいかないことのほうが多いけれど、何か希望のようなもの見えてきている。後は、突っ走るだけだからと思って、今を生きている。その先に何が待っているかは分からないけれど、とにかく行ってみようと思う。前を向いて、とにかく前に進みたいと思う。何が起きるかが分からないからこそ、頑張れると思います。私の信じたとおりに貫いていこうと思う。自分の人生くらい私で決めたいから。

人の年齢は見かけでは判断できないものですね

同じ趣味で知り合った方がいるのですが、ずっと20代後半くらいだと思っていました。

見た目はとても若々しいけど、話すことは大人っぽく落ち着いている素敵な方です。

つい先日、偶然外出先でその方と久しぶり(3年ぶりくらい)に会い、立ち話をしました。

その時にもしよかったら食事でもと思い「今日はお一人ですか?」と訪ねたんです。

そうしたら衝撃的な言葉が帰ってきました。

「今日は娘と孫も一緒なんですよ」と……。

娘さんがいるのは知っていましたが、3年前に娘さんにお会いした時にとても小柄だったため中学生くらいだとばかり思っていたのです。

驚きを隠せずに動揺をしていると、そこに赤ちゃんを抱っこした娘さんが来ました。

私はお二人がとても若いと思っていたので、驚いたという話をすると笑って年齢を教えてくれました。

お母さんの方は44歳、娘さんは21歳、お孫さんは半年前に生まれたのだそうです。

お孫さんがいるようには全然見えないですし、娘さんも童顔で小柄なのでまるで妹を抱っこしているようです。

年齢的には何も問題ないのですが、見た目がお二人とも若いので、そのギャップに本当に驚いてしまったのでした。

こんなものがこんな場所にあるなんて思わないです

数日前、シーツを洗濯しようとベッドからはがすと、何とベッドパットの上に500円玉があるではありませんか。

普通こんなものがシーツの間に挟まっていたらすぐに気がつくだろうという話なのですが、入っていた場所がかなり上の方で枕のせいで違和感に気づかなかったようなのです。

しかし問題はいつこの500円玉がこんな場所に入ってしまったかということです。

前回変えたのは数日前ですが、その時のことを思い出そうとしても500円玉が入る余地なんかあったとは思えないのです。

何だかなあと、納得行かずにとりあえずゲットした500円玉を貯金箱に入れておきました。

そして今日、いとことLINEをしていると「そうだ、この前借りた500円返しといたけど気づいた?」と言ってきたのです。

あの500円はもしや!?と、いとこにベッドに隠れてた500円の話をすると「何だーもう見つけちゃったんだ」とか言われました。

そりゃシーツ交換すれば嫌でも気が付きますけど、まさか遊びに来ていたタイミングであんないたずらされてるなんて気づかなかったですよ。

借りたお金はちゃんと本人に渡すようにいとこには言い聞かせておきました。